打鍼の意味とその潜在力

打鍼は室町時代後半から江戸時代に行われていた、日本独自の鍼の治療システムのことを言います。鍼灸は中国から他の文化と同じように伝えられてきましたが、室町時代の末頃、禅宗の僧であった無分(無紛、または小川無分)が重症であった母親の病気を治すために考案したと伝えられています。

打鍼がユニークなところは、中国伝統医学の鍼灸理論である経絡を使わない、中国鍼灸にはない槌を使って円利鍼を叩いて刺入する、邪を排除せずに、腹部だけで全身の症状に対応するなどと説明されています。打鍼術とか打鍼法という表現をすると鍼を刺す手技の一つと思われてしまいますが、そのような捉え方では打鍼の本質を見失うのではないかと危惧します。

鍼灸抜萃

海外に向かって日本鍼灸とは何か?と発信するのであれば、こんなに適しているものはないのですが、長らくその技術も伝承されない状態であったため、学術団体でもその価値に気付いている人は多くありません。

日本漢方で証の決定に重要な役割を担っている腹診も、打鍼の構築とともに作られてきたことが、近年の研究で明らかになってきています。さらにあの大徳寺の沢庵宗彭の『刺針要致』に書かれているように「病、頭に在るも、亦腹に於いて刺し、脚に在るも亦腹に於いて刺す。一身の病、すべて腹に於いて刺す。」と言う、すべてを腹への刺鍼で治してしまうという原理は一体どんなものなのでしょうか?

長年悩んでいた打鍼の原理が解決したのは、畏友齋藤友良先生の論文を読んでからで、今年はついに外部講師として研究会にお呼びして、その全貌を公開していただきました。

短い言葉で表現するなら、「体幹の円柱形を保ち、腹力(腹腔内部の圧力)を保ち、内臓を正しい位置に固着させる」方法論なのですが、先生の手順はかなり複雑なため、夢分流で簡素化してトライしてみたのが、以下の写真です。

打鍼効果_01

これは腹部の打鍼しか行っていないのですが、首の皺、左の肩甲骨の位置が変化しているのが確認できると思います。齋藤先生の実技はもっと精度の高いものでしたので、鼻や目、下肢の感覚も変化させていました。

つまり打鍼が潜在的に持っている臨床パワーこそが、その本質に在るのだと実感させられました。

浅く打つは表邪を散らす、為なれば、療治の針は、深く立つべし。『鍼歌一百首 無文流秘訣』

無分翁の真伝についてさらに知りたい方はこちら

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